若手研究者へ

夢をあきらめないで

大隅 典子 医学系研究科教授

1996年国立精神・神経センター神経研究所室長を経て、1998年より東北大学大学院医学系研究科教授(現職)。2006年より「杜の都女性科学者ハードリング支援事業」を推進、同年、女性研究者育成支援態勢整備の促進に貢献したとして「ナイスステップな研究者2006」に選定されました。Hatton Travel Awards (1992)、東レ科学技術振興財団研究奨励賞 (2002)ほか多数受賞。また東北大学のディスティングイッシュト・プロフェッサーの一人でもあります。


心=脳

機構:本日は大変お忙しい中、インタビューをお引き受けいただきましてどうもありがとうございます。
 時代の先端でご活躍されている先生から若手研究者に期待すること等についてのお話をいただければとおじゃましました。
 さっそくですが、先生のご専門は発生生物学、分子神経科学と伺いましたが、その専門を選んだ動機について教えていただきたいと思います。

大隅典子教授:はい。もともと、心を私たちはどういうものとして考えるのかとか、心の在り方に、小さい時から興味がありました。ただ、今から30年も前だとそういうものは心理学などで扱っていて、いわゆる文系だったんですね。30年前の私は文系より理系に進学したかったのでこの専門にたどり着きました。
 当時、遺伝子のような分野の研究が盛んになりはじめたときでした。私たちは、最初は発生ということで、受精卵からどんなふうに個体が出来上がってくるのかということから、特に、頭の部分や脳の研究をしていました。ただ、時代が変わってくると新しい学問というのがどんどん盛んになってきました。今では、大人になっても脳細胞が新しく作られるということが非常に新しい話題になってきています。そうすると、それが、赤ちゃんのときに脳細胞が沢山作られてくるのとその延長線上にあることになります。それなら、私もそういったことに参入出来そうだなということで私の研究のフィールドをさらに広げたのです。新しく脳細胞が生まれるということは、新しい脳細胞が記憶や学習に関係する、あるいはその生まれた数が少なかったりすると、ある種の精神疾患にかかるというようなことから、ちょうど今までやってきた発生が心に結びついてきたということですね。ですから、ある意味で異分野だと思われてきたところが、まさにクロスオーバーしてきた、ということになります。

融合へのきっかけ

機構:今、先生の話の中で異分野という言葉が出ましたが、融合的な新しい分野に踏み込んだ経緯についてはいかがですが。

大隅典子教授:もともと脳や神経の発生を研究していて、それから大人になっても、逆の言い方をすると、神経細胞の発生というのが生まれたときに終わってしまって、その後は、作られた神経細胞のつなぎ替えだけで学習していくと思われていたのが、そうではなくて大人になっても新しく脳の中で神経細胞が生まれてくるんだというところに発見があったんですね。だったらそれが私たちのフィールドに非常に近いから、そちらのフィールドにも広げてみましょうというようなことがきっかけでしたね。

女性研究者の特徴

機構:女性研究者としての特徴について教えてください。

大隅典子教授:はい、そうですね。まずは研究の面で言えば、保守的には「女性の研究」、「男性の研究」の違いはとりあえずないと思います。ただ、私自身の研究を振り返ったときに、もしかするとここは女性っぽいかもしれないと思うことはあります。例えば、今言った新しく神経細胞が生まれてくるのは、神経幹細胞という種の細胞がいて、それが分裂して新しい細胞を次々と生み出すということが出来るからです。その神経幹細胞を研究している人たちが、全国あるいは世界中に沢山いますが、まず、どういった発想でその多くの方、多くの男性がなぜ研究しているのかというと、研究者が、それを自分の好きな細胞にさせて移植するとか。例えば、脳の細胞がやられちゃってパーキンソン病とかアルツハイマー病とか、何かその神経不具合が起きているのでしたら、そこにその細胞を補ったらいいんじゃないのかと、要するに移植する、手術でしょうね。「男性の研究」は大きな変化をガーンと起こすようなことをやってみようと試みるように思います。私の方はむしろもっとマイルドに、例えば私たちの脳の中に存在している通信系幹細胞をどんなふうに活性化させて、新しい細胞を作っていく方向に向かわせるか、しかもそのときに薬という考え方も一つあるのですが、私の場合、栄養、脳に良い栄養はどんなものがあれば神経幹細胞が活性化して新しい細胞を生み出すことに繋がるかということを考えようとしているのです。移植という大胆な手術、失敗するかもしれません。それよりも自分の体の中にあるものを活かしてなるべくマイルドに、という発想をするというところが、もしかすると、私が女性だからかもしれません。もう一つは研究室の運営スタイルというところかなと思います。私が研究室のお母さん、女将さんみたいな感じなんですね。例えば、古いタイプの男性教授だと背中を見せて「ついて来い」みたいな感じなんですが、こちらだと「どうしたの?」、「今日はどう?」とか声をかけたりすることがもう少し目が細かいかもしれないですね。私が男性になったり、女性になったりということが出来ないので、自分は自分のスタイルしか出来ないのです。客観的にみるとそういうところかもしれません。

夢をあきらめないで

機構:若手の女性研究者も含めて若い研究者へのメッセージをお願いします。

大隅典子教授:そうですね。「夢をあきらめないで。自分が好きと思ったことを是非やり続けてください。」と言いたいです。これは男性、女性に限らないことです。私は東北大学の中で「女性研究者の育成支援」プロジェクトに関わっていますが、今を見ると「女性の方がちょっとハードルが高いとか凄く重く錘を引きずりながら一緒のトラックを走りなさい。」という気がするので、女性に対して重荷を少し軽くするにはどうしたらいいか、またハードルを少し低くできないかと考えています。基本的には「夢をあきらめないで自分の好きなことをしよう。」と、若い方たち皆さんに同じように言いたいです。

強くなってほしい

機構:若い人たちをみていて欠けていると思われるところはありますか。

大隅典子教授:そうですね、やはりうたれ弱い。先生や先輩から、研究上の指導などで厳しいことを言われるとシューンとなりやすい。私たちの世代ですと厳しく言われると逆に「なにくそ、がんばろう」みたいになっていたように思うのですが、今はそれがあまりそうでないような印象があります。こちらも様子を見つつ、そこは経験なのかもしれませんが、頑張らなければいけないときというのが必ずあるので、「決してあなたがだめだから厳しいことを言うわけではなく、頑張って欲しいと思っているから言っているのだよ。」というのを分かってくれたらいいなと思っています。

サイエンス=英語

機構:先生は国際的にもご活躍されていらっしゃるので、これから国際的な場で活躍する若い研究者たちへアドバイスをお願いします。

大隅典子教授:それは私の研究室の教育あるいは人材育成方針として非常に大事なことだと思っています。私の研究室が今年で11年目になりまして、今年中国の上海からポスドクが一人来ています。それをきっかけに研究室の中を英語化しようということで、オフィシャルな連絡のときに必ず日本語と英語の併記とか、あるいは研究上のミーティングなどを基本的には英語でしましょうと言っています。ビギナーの方がつまったりすることもあって、それはそれで仕方がないので、そのときは臨機応変に日本語でやりますが、「基本的にサイエンスの世界というのは英語の世界なんだよ。」というのをみなさんに若いうちから触れていただきたいと思っています。また、現在GCOE主催で、足りない部分の英語教育を補うためにネーティブの非常勤教師にお越しいただいてプレゼンテーションの御指導などをお願いしたりしています。このようなことは本当に大事ですし、国際的なところで活躍するのは楽しいことです。また、世界中の方と英語を知っていればコミュニケートすることができるのは非常に有難いと思いますね。

仙台の魅力を知ってほしい

機構:最後に、先生の「仙台通信」ブログ*についてお話を伺いたいのですが。

大隅典子教授:はい、もともと書くことが好きです。いわゆる筋トレ(脳トレ?)ですね(笑)。「仙台通信」ですが、始めたのは3年ぐらい前からですね。私の思いとして、一つは、「研究者の生活というのはこんな感じだよ。」というのを例えば研究者になりたいと思っている若い人たちに知ってほしいから。二つ目は、「仙台通信」という名前を付けているように「東北大の魅力」とか「仙台の街の魅力」とか、そういったことを発信していきたいからです。私はもともと仙台出身ではないので、こちらに来て10年経ちますが、仙台の街はとても魅力的ですし、良いところが沢山あるのにあまり皆さんそれを知らないですよね。「仙台なんてどこも見るところありませんよ。」とすぐそういう言い方されちゃうので、「そうじゃありませんよ。」と、良くないところもあるが良いところは良いと皆さんに知ってもらって来ていただくのがすごく大事なことだな、仙台の魅力を伝えたいなという思いです。
 三つ目は、国の科学技術に関わるような委員などをしていますので、可能な範囲で例えば「国がこういうふうに動いています。」、「そんなことについてパブリックコメントが多くなりましたよ。」とか、こちら側から研究者コミュニティに対して発信して、そういったところがなるべくスムーズにマージン出来たらいいなと思います。本当に魅力なのでそれがどれほどのものだと思いますけれど、でも誰かが気づいたら誰かがやるべきだと思っているので、そういったところで少しでも役に立てたらという思いで「仙台通信」を書き続けています。

機構:本日はどうもありがとうございました。


*「仙台通信」URL:http://nosumi.exblog.jp/