若手研究者へ

ストラテジックな研究を期待する

山本 嘉則 原子分子材料科学高等研究機構長

1986年東北大学理学部教授、1996年東北大学多元物質科学研究所教授(兼任)を経て、理学研究科巨大分子解析研究センター長、2006~2007年東北大学副学長、2007年10月より現職。2002年フンボルト研究賞、2006年紫綬褒章、2007年アメリカ化学会賞、2009年イギリス王位化学会賞ほか多数受賞。本機構設置準備委員会の専門委員会委員長として機構立ち上げに尽力され、現在も先端基礎科学基盤長を努めている。


機構:本日は大変お忙しい中、インタビューをお引き受けいただきましてどうもありがとうございます。
 先生は副学長から原子分子材料科学高等研究機構の機構長になられ多くの研究者の皆さんを牽いてお忙しい毎日の傍ら、ご専門の研究に取りくまれておられます。
 時代の先端でご活躍されている先生から若手研究者に期待すること等についてのお話をいただければとおじゃましました。
 さっそくですが、先生のご専門の有機化学、合成化学の道に入られた動機などについてお話していただきたいと思います。

自分の肌に合った分野

山本嘉則教授:今もそうですが、大学に入るときに化学か物理か生物か、を選ばなくてはいけませんでした。そこで何で私は化学を選んだかというと、私が大学へ入学した頃は、今のコンピュータとか情報みたいな先端分野、時代の先端をいっていた分野それが合成化学分野で、その時代の先端分野を選んだわけです。ではその化学の中でなんで有機化学にしたかといいますと、なんとなく学生実験などをやっていて自分の肌に合っているかなと考えて選んだものでした。化学の中には数学的なあるいは物理学的な分野もあります。でもこれはちょっと難しいなと思ったのです。誰かに何かを言われたのではなく、一番自分に合っている分野だなと思ったのでした。

意味のある仕事へ

機構:融合的な新しい分野に踏み込んだ経緯についてお伺いしたいと思います。

山本嘉則教授:私は若い時から有機化学、有機合成という分野をやってきました。やはり「面白いからやる」、「はっきりさせたいからやる」という若い学生ならみんなが持っているような、若い時に抱く考えというのがありますね。私もそういう考えでやってきたわけですね。それで、ある程度年がいってその分野である程度確立するとですね、自分の持っていたことをもうちょっと意味の大きなこと、例えば世の中に役に立つもの、そこまで行かなくても、もっと広げて役に立つように結び付けたいという考えが年齢とともに増えてきました。だから有機化学だけをやっていても良いのですが、もうちょっと広げて意味のあることにしたいと思い、それで年齢とともにですよ、材料分野、材料関係のところに結びつけるともっと意味が広げられるんじゃないかと思ったのです。

365日のほとんどが辛い

機構:次に研究のおもしろさやつらさなどについてお伺いします。

山本嘉則教授:これはもう辛さの方が多い。1年365日のうち350日ぐらいが辛いということです。実験の結果はそう簡単には出ません。そんなに良い結果が、一週間に一回、一月に一回出ていたらそれこそ大変です。研究というのはそういうものではありません。今は、私はある程度管理職をやっています。そこからみると、研究者というのはなかなか辛いことをやっているなと思います。管理職も、人と人の問題、組織をどうする、お金をどうするなどの大変な問題がありますが、必ずなんか結果がでます。結果を出さざるを得ないのです。こっちへ行きますか、そっちへ行きますかという選択をどうするかということで選択しどこかに行き着くのです。ところが研究は結果が出なかったら何にもならないのです。しかし結果が出るとは限らないのです。そこが辛い。
 研究が、どっかの動向を集めて解析するんだったらそれは結果が出ます。例えば、今の日本の出生率は何パーセント、どこの県がどうのこうのといったデータに基づいて何かものを言うというのであれば必ず何かを言えるではないですか。ところが自然科学というのはそうじゃないのですね。つまり何かポジティブな結果が出なかったらいくらやってもまったく意味がなくなってしまうのです。だから僕の感じでは自然科学というのは辛いというか、自分もやってきたけど、みんな、よくやっていると思います。だから365日のうちほとんどが辛いです。

ピークの出る感動

 では、なんであんな辛いことをやっているのかというと、一遍何か面白いというか、意味があることが出るじゃないですか。そうするとその時の何というかな、感動というか、これがやはり何事にも代え難いところがあります。僕が言いたいのは、研究というのは測定したときにピークがいっぱい出てくるチャートみたいなもので、普段3百何日もずっと何も出ない、でもある時ピッとピークがある、そしてまたピョピョピョと続くわけです。測定で、NMR*とESR*のチャートが良い比較になります。NMRではピークを積分し、その積分した合計面積で議論することが多くあります。一方、ESRのチャートは微分形式のチャートですから、ピークがピーっと出て終りで、積み重なっていくわけではありません。我々の感動はその微分形式のピークの様なもので、感動の高さは高いがすぐに元に戻ります。少しづつ積み重なってくる積分ではないので辛いですが、ピーとピークが出る、その感動があるからやめられないのですね。
 今の学生も良くやっていると思いますよ。修士まではポジティブな結果が出なくても「これをやった。これはやったが成果が出なかった」と言って時が経てば卒業が出来ます。しかし、博士課程の学生はポジティブな結果を出さなければなりません。3年間やっても積極的な結果が出ないとかなり苦しいです。

機構:そうすると、若ければ若いほど経験等が浅いので結果が出にくいと理解してよいですか。

山本嘉則教授:いいえ、それは人にもよります。また運、不運にもよります。どんなテーマでも結果が出るわけではありません。学生が先生に「これをやってみなさい」と言われてやっても結果が出る場合もあれば、出ない場合もあります。先生にしてみても確信があるわけではないですから。もう一つは、セレンディピティ(掘り出しものじょうず)というのがあります。我々実験系には見つけ出すということがあるからやめられないもう一つの理由だと思います。金鉱を掘っていて見つけたら嬉しいですよね。これに似ていると思います。多分、見つけ出すことに感動や意味があるのではないかと思います。

研究に戦略を

機構:若者に何を期待しますかということについてお伺いしたいと思いますが。

山本嘉則教授:今の若い人たち、そして元々日本人に欠けているものはストラテジック(戦略的)にものごとを考え行動することです。欧米の人たちは物事をやるときはとてもストラテジックですね。結果がこうなるためにはどのように攻略するかという、いわば逆算してやることを日本人は考えないのです。一番良い例は、二重らせんを見つけたワトソンとクリックですね。彼らのサクセスストーリーに、本当かどうかわかりませんが「学生の時に、自分は将来ノーベル賞をとると決めていた」と書いてあります。ノーベル賞を取るには今何をやれば良いのかを考えてたのですね。そんなふうなことをやるんですね。日本人はやらないでしょう。日本ですとたまたま化学に入った。そこに先生がいたのでその研究室に属した。自分の肌に合うので入った。これが日本のやり方です。しかしワトソンらはノーベル賞をとるならバイオの分野だ。それなら自分はバイオの分野に行きましょう。そしてバイオなら遺伝子だと将来を見通しているんですね。ですから今の若い人達をそういうふうに教育することが今後の教師の役割だと思います。
 今の日本のノーベル賞受賞者のほとんどはストラテジックではないことでノーベル賞を取っています。たまたま面白かったので研究をはじめ、良い結果が出たが、その結果は一応その段階で終結していました。それをアメリカ人が見て、「これをここに位置付けしたらもっと意味が出てくるのでは?」と考え、展開発展させて実際に意味深いものに広げた。それは元々は誰がやったのかということで日本人だとわかって、「一緒にノーベル賞を受賞した」という例があります。
 日本では、「自分が興味をもつものをやればいいんですよ。それが役に立つか立たないかは人が考えることですので」という教育を受けてきました。それはそれで当たっている部分もありますが、ストラテジックな部分が欠けています。

機構:最後に若者・若手研究者へのメッセージをお願いいたします。

山本嘉則教授:文科省は「日本は10何人がノーベル賞を取った」、「今後50年間で30人程度受賞できるように」などという数値目標を設定しています。30年,40年前の日本がお金がなかった時にやった仕事でもノーベル賞を取っているのは、当時自由闊達な研究が出来たが、最近は研究費は増えたが当時の様な青空研究的な自由度が減少したという議論がよくありますね。私に言わせたら「それは解析方法が違う。面白いからやっていて成果が出て、たまたまそれが残っていて、外国人がピックアップした」ということです。これからの日本人にはアメリカ人が行っているストラテジックなものの考え方や進め方でやる時代が来ると思っています。現実的にアメリカはそうなっています。日本ではまだ時間が少しかかるだろうがそうなると思います。それは単に研究者にだけ当てはめられるのではなく、政治、経済といったあらゆる分野でストラテジックなやり方が大切になっていると思います。
 若い人たちには大学に入った時に長期戦略を立てて長時間をかけて目的を達成することを望みます。人それぞれに与えられた能力はあまり変わらないはずです。ですので、人生そのものもそうですがストラテジックにやって行けばよりサクセスする可能性が高くなるのではないかと思います。

機構:本日はどうもありがとうございました。


*NMR-Nuclear Magnetic Resonance (核磁気共鳴)
*ESR-Electron Spin Resonance (電子スピン共鳴)