国際高等融合領域研究所特集

路上生活者に関するシンポジウム「日仏ホームレス対策最前線」Symposium “SAMU Social”

先日、国際高等融合領域研究所のマリナス・ダヴィド=アントアヌ特別研究員(「社会階層と不平等教育研究拠点の世界的展開」GCOE研究員)が企画、実施に関った「日仏ホームレス支援シンポジウム」について紹介します。なお、マリナス研究員は日仏のホームレス支援問題を最前線で研究する社会学者で、昨年「日比谷派遣村」ではフランス国営テレビのキャスターとして「日比谷派遣村」の解説に活躍しました。

朝日新聞 平成21年10月22日
シンポジウムの様子

 駐在フランス大使館、「サミュ・ソシアル」(フランス路上生活者緊急支援システム)の主催で、路上生活者に関する「日仏ホームレス対策最前線」シンポジウムが10月20日(火)、東京・四谷の上智大学図書館内で行われました。
 路上生活者への医療・福祉サービスや社会復帰支援を24時間態勢で行う「サミュ・ソシアル」は、フランスで生まれ、世界各地に拠点がある有力なNPOです。今回の集いは、その経験や日仏比較などを通して、路上生活者の支援を考えるシンポジウムでした。
 パネリストは、「サミュ・ソシアル」の創設者で理事長のグザビエ・エマニュエリ氏(「国境なき医師団」創設者の一人)、岩田正美(日本女子大教授)、湯浅誠(自立生活サポートセンター・もやい事務局長)、芦田真吾(東京都庁社会福祉局)、進行役は竹信三恵子(朝日新聞編集委員)の各氏でした。

 パネリストたちはそれぞれ、「屋根の下で暮らすということが権利であるという点が日本では決定的に欠けている」、「日本にもNPO活動など支援のアイテムはいくつもある。サミュ・ソシアルのように重要なのは医師などのプロを巻き込み、連携を図ることだ」と提案しました。
 グザビエ・エマニュエリ氏が「サミュとは交通事故などで現場に駆けつける救急医療のこと。このやり方をホームレスの救援に生かそうと考えた。社会的に排除される人を助けるのは正当な施策だということを強く打ち出すことだ。問題は資金より、解決なんて無理と後ずさりしてしまう人々の心。ホームレスは身も心も限界に来ている。その事実を広く認識してもらえば、道は開ける。大都市のホームレス問題は世界共通だ」と述べ、治療・保護はその場での対応が有効だと強調しました。

失明者に光を取り戻す(視覚機能再建のための遺伝子治療)

 国際高等融合領域研究所、富田浩史准教授、菅野江里子特別研究員らの研究グループは、失明者の視覚を取り戻す方法として、緑藻の遺伝子(チャネルロドプシン-2:ChR2)を用いた視覚再生法に取り組んできました。今回、ChR2遺伝子を生まれながらに持つ遺伝子改変ラットを作製することにより、ChR2によって得られる視覚特性を明らかにすることが出来ました。失明者の視覚を回復させる治療法への大きな一歩と考えられます。この研究成果は、11月4日に米国学術誌Public Library of Science (PLoS) ONEに掲載されましたのでその概要を掲載します。

【図1】網膜の視覚情報処理と疾患

 最初に外部情報を取得する細胞である網膜の視細胞が障害されると、網膜のその他の神経細胞が正常に機能したとしても、光情報を受け取ることができず失明に至ります。このような疾患として、加齢黄斑変性症、網膜色素変性症があり、この二つの疾患は、失明原因の上位に位置する疾患です。これらの疾患の進行は様々で、必ずしも失明に至るわけではありませんが、現状では有効な治療法は見出されていません。そして不幸にして失明に至った場合、視機能を回復させる方法はありません。これらの疾患では、視細胞が完全に消失し視機能を失ったとしても、視覚情報を脳に伝達する役割を担う網膜の神経節細胞は残存し機能することが知られています(図1)。

【図2】遺伝子導入による視覚再生法の概要

 富田、菅野は、この神経節細胞に緑藻の遺伝子(チャネルロドプシン-2)を導入することにより、神経節細胞に光を受け取る力を与え、視機能を取り戻すという研究を進めてきました(図2)。二人は、すでに、遺伝的に失明を来すラットの視機能を、この方法によって、電気生理試験で視覚が得られることを示し、また、世界で始めて、行動学的に縦縞模様の判別が可能である事を明らかにしました。


【図3】神経節細胞の種類

 遺伝子導入のターゲットとする神経節細胞には、役割の異なる種々のタイプがあり、このタイプの違いは、コントラスト強調など網膜内の視覚情報処理に重要な役割を担っています(図3)。遺伝子導入による視覚再生法では、これらのタイプの異なる神経節細胞の全てにチャネルロドプシン-2タンパク質が作られてしまうため、どのような視覚情報が作られるか、明らかではありませんでした。


【図4】遺伝子改変ラットでのChR2遺伝子の発現

【図5】遺伝子改変ラットの空間周波数特性とコントラスト感度

 今回、生まれながらにして、神経節細胞が特異的にチャネルロドプシン-2タンパク質を作る遺伝子改変ラットを作製し(図4)、チャネルロドプシン-2を発現する神経節細胞が作り出す視覚の特性を調べ、その特性を明らかにしました。正常な視覚を持つラットでは、空間周波数0.2cycle/degree付近で最も高いコントラスト感度を示すのに対し、元来の視細胞を変性させた遺伝子改変動物では、0.1cycle/degree付近のより低い空間周波数域(縞模様が太い領域)で高いコントラスト感度を持つことが示されました。また、そのコントラスト感度は正常視覚を持つラットより高いものでした(図5)。すなわち、青―黒の縞模様の弁別では、正常な視覚とほぼ同等の視覚特性が得られること並びに太い縞模様に関しては、正常な視覚を持つラットより、よりコントラストの低いものを弁別できることが明らかとなりました。
 以上の結果から、富田、菅野の方法による視覚再生、すなわち、チャネルロドプシン-2の遺伝子導入により全てのタイプの神経節細胞が遺伝子導入により光受容細胞になった場合にも、ものの形や動きに対する視覚が得られる可能性が高いことが判明しました。
 本研究は、生命科学研究科、医学研究科、自然科学研究機構・生理学研究所との共同で行われました。また、本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られたものです。
●厚生労働省感覚器障害研究事業「新規開発マルチカラー化チャネルロドプシン遺伝子を用いた視覚再生研究」研究代表者:富田浩史(東北大学国際高等研究教育機構 准教授)
●鈴木謙三記念財団助成金:「失明者の視覚を取り戻す新しい治療法の開発」研究代表者:富田浩史(東北大学国際高等研究教育機構 准教授)
●文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム「光を用いた脳への情報入力を可能にするフォトバイオ-オプト・エレクトロBMIシステムの構築とその定量的評価」研究代表者:八尾寛(東北大学生命科学研究科 教授)・日本網膜色素変性協会研究助成金

研究の様子

平成21年度 第1回国際高等融合領域研究所セミナー

セミナーの様子

 10月23日(金)に学際科学国際高等研究センターで、国際高等融合領域研究所セミナー「ナノ分子・細胞 −新たな結びつき−(ライフ・バイオ・メディカル領域基盤)マルチスケールな融合研究 −ナノから地球まで−(先端基礎科学領域基盤)」が行われました。
 本セミナーは、今年度の国際高等融合領域研究所セミナーの第1回目。これまでのセミナーは各講演者の研究成果の発表を主としていましたが、今回からは更なる融合研究の発展を目指し、各講演者の専門分野の紹介や、融合研究における重要なポイントを、異分野の研究者にも分かりやすく講演し、参加者との活発な議論を進めるセミナーとなりました。
 今回のセミナーでは、ライフ・バイオ・メディカル領域基盤と先端基礎科学領域基盤から、上野裕則特別研究員、佐藤耕世特別研究員、相川春夫特別研究員、杉本周作特別研究員、弓削達郎特別研究員の5名の講演者が選ばれ、「ナノ分子・細胞 −新たな結びつき−」と「マルチスケールな融合研究 −ナノから地球まで−」というテーマに基づき講演が行なわれました。
 ライフ・バイオ・メディカル領域基盤からは、ナノサイズの分子と細胞との結びつきが生む新たな現象について、各講演者の融合研究に基づいた発表がなされ、先端基礎科学領域基盤からは、融合研究におけるスケールの問題を考えるために、各講演者の専門における研究領域をスケールという観点から分析し、各講演者の融合研究との関連についての発表がありました。
 今回のセミナーでは、理学や工学を基礎においた講演が中心でしたが、医学、薬学、文学、社会学などの異なる専門分野を専攻する参加者から融合研究に関する積極的な質疑や議論が行われ、新たな融合研究のアイディアを生み出すきっかけとなったことが印象的でした。国際高等融合領域研究所セミナーは今後も定期的に開催される予定で、国際高等研究教育機構における異分野融合研究の発展を促進していきたいと考えています。

湊 丈俊特別研究員記

平成21年度国際高等融合領域研究所融合研究討論会

平成21年度第2回国際高等融合領域研究所セミナー
セミナーの様子

 12月14日(月)、平成21年度国際高等融合領域研究所融合研究討論会が開催されました。本会は融合研が推し進める融合研究の枠を、特別研究員のみでなく、修士・博士研究教育院生まで広げることによって、融合研究にチャレンジすると同時に、分野が交差する本会での議論を通して、より研究に深みを持たせる事を目的としています。今回第2回目となる融合研究討論会では、融合領域研究所の松浦一雄特別研究員、文学研究科の栗田英彦博士研究教育院生、薬学研究科の橋本貴尚博士研究教育院生の計3名による発表が行われ、教職員・研究教育院生、あわせて20名程度の出席があり、活発な議論が繰り広げられました。
 松浦研究員は、独自に構築した融合的手法が、乱流をキーワードとする全く異なる2種類の問題群に対して適用できることを示しました。今回の話題で挙げられた、ホールトーン問題に新たな解を見出し、さらに水素漏洩に関する安全かつ信頼性の高いリスク緩和システムを創出した事は、研究員の構築した手法がより普遍的・融合的な物であると言えるでしょう。続いて、栗田研究教育院生からは、現代社会における医療と宗教の関係について発表がありました。宗教団体信者の健康希求行動を事例として、全く異なる内容を持つ医療と宗教が条件により融合的にもなることが示されました。人間の心理と行動を軸とした独自の切り口から、その関係に対してある種の分類分けができるという点で非常に興味深い課題でした。最後に、橋本研究教育院生からは、日本の公衆衛生と育薬の進むべき方向性に関する発表がありました。大迫研究、HOMED-BP研究を通して、公衆衛生・育薬環境の向上には、国民一人一人が自発的な問題意識を持つことが重要であるという内容で、科学研究が人間社会という、新たなファクターを持つ研究であるという点で非常に興味深い発表でした。
 いずれの発表も予定時間を大幅に過ぎる程の議論が行われ、会終了後も続きました。研究教育院生の方から、会の実施に関して貴重な助言を頂くなど、非常に実りの多い会となりました。

竹野貴法特別研究員記

応用数学連携フォーラム 第10回ワークショップを開催

フォーラムの様子

 数学を使おう!フォーラムで楽しくお話してみませんか?呼びかけを始めて2年が経ちました。昨年12月15日(火)には、学外から二人の講演者をお招きして、記念すべき第10回ワークショップ(CRESTプロジェクト「離散幾何学から提案する新物質創成と物性発現の解明」(代表:小谷元子(本学理学研究科))と共催)を開催しました。
 内藤久資氏(名古屋大学多元数理科学研究科)には、結晶格子の標準実現を3Dコンピュータグラッフィクスを用いて視覚化する手法と、K4 結晶格子に関する数値計算結果を紹介いただきました。菊池弘明氏(北海道大学大学院理学研究院)には、光ファイバー中を伝搬するレーザービームの基礎方程式として知られている非線形シュレディンガー方程式を紹介していただくとともに、基底状態の安定性と不安定性についての最新の成果を解説していただきました。今回は数学者の参加が多くあり、活発な議論が行われました。
 ラプラス変換やラプラス方程式にその名を残すピエール・シモン・ラプラスは、1812年に「確率論の解析的理論」を出版しました。従来の確率論に高度な微分積分の手法を導入することで、数学の理論として新時代を切り拓いた書物として有名です。当時最先端の数学理論に多くのページを割いているのは当然ですが、見方によっては、この時代に生きる私たちにとっても学ぶところは少なくありません。たとえば、一般公式の導出にとどまらず、応用上避けて通れない数値計算についても詳しく説明しています。自ら構築した理論の応用として、年金制度や保険制度、選挙、証言の信憑性といった市民生活に関連する問題も扱っています。ラプラスの筆致には境界のない数学の深みと広がりがあります。科学の共通言語である数学は、学際研究・融合研究に欠くべからざるものです。応用数学連携フォーラムは、さまざまな研究分野との「のりしろ」として、研究交流のネットワークとして機能することを目指しています。詳しくはホームページ(http://www.dais.is.tohoku.ac.jp/~amf/)もご覧ください。

鈴木香奈子助教記

第2回国際高等融合領域研究所セミナー

セミナーの様子
平成21年度第2回国際高等融合領域研究所セミナー

 2009年12月16日(水)に平成21年度第2回国際高等融合領域研究所セミナーが開催されました。生体・エネルギー・物質材料基盤が担当する”Fusion research for advancing the frontiers in organism, energy and materials”と、情報工学・社会領域基盤が担当する「次世代情報エレクトロニクスシステムのための高性能コンピューティングシステム」の二部構成で行われました。
 第一部では初めに潘特別研究員による ”Metallic glasses for MEMS and biosensors: opportunities by fusion research”と題する発表がありました。金属ガラスの優れた特徴を活かしマイクロレンズや毒診断へ応用する融合研究の講演でした。次に竹野特別研究員による”Metal-doped amorphous carbon coating for novel triboelements: possible key for achieving low friction”と題する発表がありました。アモルファスカーボンに金属をドープすることによって得られる優れた摩擦特性を持つ物質についての講演でした。
 第二部では初めに田主特別研究員による「高性能コンピューティングシステムを支える半導体技術」と題する発表がありました。現代の情報化社会を支える半導体デバイスの高性能化に関する講演でした。次に八巻特別研究員による「高精度ディジタルフィルタ構造を用いた高性能コンピューティングシステム」と題する発表がありました。ディジタル化された音声・画像・映像の信号処理に不可欠なディジタルフィルタについての講演でした。
 本セミナーには多様な研究分野からの教員・特別研究員・研究教育院生の計21名の参加者がありましたが、いずれの講演も他分野の聴衆にも分かりやすく興味深い話でした。講演後の質疑応答も活発に行われ、予定時間を大幅に超過するほどの活況でした。

田主裕一朗特別研究員記

超伝導材料開発への新たなる道 −絶縁体の超伝導転位温度を40倍に上昇−

 東北大学金属材料研究所の岩佐義宏教授、国際高等融合領域研究所叶劍挺助教、金属材料研究所下谷秀和助教らの研究グループは材料に電圧をかけて超伝導化する手法を改善し、超伝導転位温度を0.4kから15kまでの40倍近く上昇させることに成功しました。電圧をかけて超伝導を起こさせる方法は、従来の化学的方法とは全く異なるもので、昨年東北大学の川崎雅司教授、岩佐義宏教授、野島勉准教授らが発明したものです。今回は、電圧をかける材料を改善し、特性の大幅向上に成功したもので、電圧による超伝導化という手法が広範な材料に適用できるものであることが明確にされ、超伝導材料開発に新たな道が開かれることとなりました。
この研究成果は英国学術雑誌 ネイチャー マテリアルズのオンライン速報版で11月22日に公開されました。

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