若手研究者へ

社会のニーズに目を向けて
-産産学連携で基礎と実用を結ぶ

江刺 正喜 原子分子材料科学高等研究機構教授

1976年東北大学工学研究科電子工学専攻博士課程修了。1976-1981年東北大学工学部電子工学科助手。1981-1990年同通信工学科助教授。1990-1998年同工学部精密工学科教授。1998-2005年東北大学未来科学技術共同研究センター教授。2005-2007年同工学研究科ナノメカニクス専攻教授。現在は東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授。日本IBM科学賞 (1993)、SSDM Award (2001)、第3回産学官連携推進会議文部科学大臣賞 (2004)、第54回河北文化賞 (2005)、紫綬褒章 (2006)など多数。


学生時代の研究の発端

機構:本日は大変お忙しい中、インタビューをお引き受けいただきましてどうもありがとうございます。今日は「最先端研究開発支援」プログラム採択との関わりでプログラムで進めようとしておられる研究や先生の豊富な開発研究のお話を伺わせていただこうと思います。はじめに先生の研究のそもそものはじまりからお話し下さい。

江刺正喜教授:私は電子工学出身ですので学生のときから、半導体の集積回路といったものの技術を研究してきましたが、普通の集積回路ではなくて、いろいろ応用する研究をやってきました。例えば、これISFET(Ion Sensitive Field Effect Transister)といって、トランジスターなんですけれども、これを病気のとき血管の中に入れてやるカテーテルの先につけて、血液の成分、pHとかCO2とか、そういうものを、モニターするものをつくっていたんですね。これ、厚生省の認可をとって、実際製品にもなったんですが、余り売れませんでしたけれどもね。こういう研究がどういうきっかけで始まったかといいますと、私の先生が1971年ごろにスタンフォード大学に行っていまして、ちょうどそちらでこういう研究をよくやっていたものですから、最新の情報を私はいただけたことと、西澤潤一先生の半導体研究所でドクターの勉強をしていまして、いろいろ教えてもらい、トレーニングしていただいたことや半導体の試作設備、施設ができたこととか、とてもそういうことで恵まれていたことがありました。

その後、集積回路の研究をやりまして、25年ぐらい前には半導体集積回路の教科書を書いたりもしていました。

微少電気機械システムの開発

やがてマイクロマシニングによるセンサーやアクチュエーターなどを集積回路に一体化したチップの研究を行なうようになりました。例えば、集積化容量型圧力センサーというのをつくったんです。圧力を測るセンサーですね。ほかにも真空計、マイクロフォンなどなどです。そういうものからだんだん機械に関係あるようになってきたものですから、機械の方に移ったんです。それで、自動車のスピンを検出する安全のためのジャイロ、こういう技術は自動車によく使われていますが、安全運転にうちの研究は深い関係があり、将来の安全装備の開発にも関わっています。

これはもっと高級なジャイロですが、1.5ミリの直径の輪が浮いて回っているんです。これも高速なデジタル制御という集積回路の技術を使ってやるわけですけれどもね。これをつけるとロボットが自分で自由に動いたり、ナビゲーションなどができるんですね。あと、例えば15年ぐらい前にある会社が来てつくったものですが、鏡が向きを変える光スキャナというもので。これでレーザーの光が戻ってくる時間を計ると、どこに人がいるかとかわかるわけです。この写真は羽田空港のモノレールの駅についているものですが、それで危ないことはないかをいつも監視してやっているわけです。これは、去年シーテックという展示会に出して、今年も出すものですけれども、将来携帯電話から壁に画像を投影してプレゼンするディスプレイに応用というものですが、そういう道具の開発にも関わっています。それから、これは製品にまだなっていないんですけれども、メムザスという会社をつくって我々製品化を進めているもので、細い血圧計です。髪の毛の太さくらい細いんです。だから、赤ちゃんとかの血管にも入るしね。このチップなんかすごい小さいでしょう。ほとんど見えないでしょう。体の中に道具を入れて、血管内などで手術をしたりするような技術の開発などもやっているんですね。半導体の技術を応用していろんなところに使い、社会に貢献したいと思っています。

共同利用施設を活用して自分で試作

この9月に採択されたプログラムは筑波の産総研と一緒にやるんですが、大学と産総研とでそれぞれ役割を異にしています。以前は日本の会社って、割と基礎からやっていたんですが、だんだん競争が激しくなって余り基礎のことができなくなると、すぐ製品になるものばかりやるようになってきてしまいました。大学は前から基礎で今でも基礎をやっているわけですけれども、それが、会社とつながっていないんですね。だから、だんだん日本の競争力が弱くなってきているところがありますね。それで、大学とか産総研とかが実際の製品に役に立つことをもうちょっとやらないといけないということで、そこら辺をやろうということになったのです。産総研ももう少し産業に結びつく成果をあげてもらおう、そのためにはやはり工場に近い設備を抱えて、試作品をつくって見られないとだめなんですよ。

私、日頃からもそして最近書いた本でも言っているんですけれども、学生にはバーチャルではなくてリアルにやってくださいと。それからアウトソーシングしないで、自分でやってくださいといっているんです。それで、リアルに物をつくってみるためには、やはり工場がないとだめなので工場を抱えて、その工場をいつもいろんな研究室の人が来て使ってもらおうとしてきました。助手時代に「マイクロ加工室」を提案し、運営した経験を基にして、マイクロ・ナノマシニングをテーマに「ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー」が設置され、私が責任者をして共同利用を進めたりしてきました。今は、「マイクロ・ナノマシニング研究教育センター」と名前を変えましたが、学内外から700人ほどの人がこの施設を利用しています。

それで大学は自由度を生かしていろんなものを初期試作として、作ってみせる。産総研はそれを、会社で作るものにつながるようにするという予定なんです。特に今LSIの技術というのは、お金がすごくかかるんですよ。だから設備、工場を建てるのに千億円近くかかりますが、そのかわり量産できるので儲かる。しかも同じ技術でいろんなものをつくれるわけね。だから、例えば具体的にいうとインテルとかサムスンとか台湾のTSMCとか、ある分野で最大のシェアを持った会社はうまくいって、でも負けたところはすごく苦しくなり、リストラとかしなくてはならないわけです。今、日本は負け組になっているんですよね。それで、どんどん優秀なエンジニアがリストラに遭ってという状態にあるので、そういうエンジニアを集めて、それでうまくいくようなやり方をやりたいというわけなんですね。要は、こういう技術はだんだん経済性で破綻をきたしつつあるわけです。それで、どうやってそれを解決するかというときに、一つは普通のLSIではなくて、多様な集積化、ヘテロインテグレーションといいますけれども、いろんな技術を組み合わせたもので付加価値をつけるというわけなんです。というのは、人間の脳に当たる部分が普通のコンピューターだとしたら、この技術は目とか鼻みたいに情報を取り込む入力の部分とか、それから口とか運動する部分とかそういう出力の部分ね。そういうインターフェースの部分に関係するわけですね。だけどそういうところも、集積回路の技術を入れて赤外線画像を取り込んだり、画像のディスプレーとかあったりするわけですね。そういう意味で多様な技術になっているのでやりにくいんですね。一つ一つ開発しなくてはならないでしょう。共通じゃないですから。しかも、量も少なかったりするので、お金はかかるけれどももうからないみたいな。しかし、そこをうまくやれば競争力がつくんですね。

もう一つは、試作開発を低コストで可能にする乗合ウェハといっているんですけれども、できるだけ一緒に作って低コスト化し開発リスクを抑えると、失敗しても損害が最小限になります。そうした方式の導入と産産学連携といっているんですけれども、異種業種の産業どうし、および大学との連携によっておもしろいことができそうなんですね。

試作コインランドリーの提案

自動車もだんだんエレクトロニクスの部分が多くなってきていますよね。それで、エレクトロニクス専門の会社と一緒にやった方がいいわけなんです。例えば、電池なんかもそうでしょう。電池の会社と手を組んで一緒にやる。だからもう当たり前なんだけれども、異種の産業界同士が一緒にやりながら大学も一緒にやってというスタイルをとっているんですね。

MEMS試作施設
MEMS試作施設

それともう一つは、試作コインランドリーで、設備を持たなくても開発できるようにして参入障害を下げるということが考えられます。半導体の設備というのはすごくお金がかかるものだから、設備を持てなくなっている。それで、例えば洗濯機を持っていない人がコインランドリーに行って洗濯すれば、洗濯機を買わなくて済むみたいなことがあるでしょう。洗濯機は安いからいいんですけれども、半導体工場ってすぐ100億円とか1,000億円とかになってしまいます。そういう工場で1億円のものをつくりますといったら、当然赤字になるわけですね。ですから、設備は持っていたくないけれども、設備を貸してくれる会社があれば、そういう会社に頼むのが合理的です。実は半導体の集積回路などは今ではそれが当たり前なんです。それを引き受けてくれるのはファウンダリと呼ばれていて、これには台湾にあるTSMCという会社などがあります。ところがMEMSの技術ってばらばらなものだから、ファウンダリに頼んでもうまくいかない。いろいろなものは技術がなくてつくれない。本当は自分の方が技術を持っているので、どこかに行って設備を借りて自分でつくりたいとみんなおっしゃるんですよ。それで、そういうことをやろうということで、以前の半導体研究振興会から東北大学に移されて、現在「西澤潤一記念研究センター」と呼ばれている施設を、この試作ファウンダリということで有効利用しようとしています。

安心安全な社会のために

それから、超並列電子線描画装置の開発という課題もやることにしています。今LSIをつくるときにフォトマスクという原盤を使うんです。このパターンを光でLSIに転写していくわけです。このフォトマスクを作るのに、最新のものだとワンセットで5億円くらいかかるんですよ。だから、1回設計を間違うと5億円なくなってしまいます。この設備で例えば500円のチップをつくると、5億円のフォトマスク代の元をとるだけでも100万個もつくらないとだめなんですね。だから、最先端の技術というのは、携帯電話とかのたくさん出るものにしか使えない。そうでないと、すぐ赤字になってしまう。そういう大変な世界になっているんですね。それで、フォトマスクをつくらないで、直接コンピューターから書いてLSIを作るようなことができれば、少量でも最先端の技術が使えることになるので、そういう装置の開発にも関わっています。

半導体の技術のおもしろさというのは、トランジスタなどをたくさん並べられるというのがおもしろいんですよ。今は30センチくらいの大きさのウェハに、多数のLSIチップをつくりますけれども、ウェハ上にトランジスターってどのくらい入っていると思いますか。1兆個くらい入っているんですよ。チップ一つの中に何十億個のトランジスターが入っています。それが例えば100個くらいあると兆になるでしょう。だから、そういう非常に複雑なものをつくっているので、それで何百万とか並べてしまうというのは割と得意な技術なんですね。だから、100万個くらいの電子を出して、それをコンピューターでコントロールして、それで書いていこうという装置の開発をやろうとしているんです。ヨーロッパなんかでもやっているんですけれどもね。

そんなようなことで、半導体の技術が非常に進歩してやりにくくなっているものを、採算が合うようにして、みんなの働く場がちゃんとできるようにしていきたいという。目的はここに安全安心な社会とか書いてありますけれども、それを追求するなかで、要は大学とか産総研が産業に役立ちたいというのを特に考えているわけですね。大学の中でもいろんな研究室があっていいと思うんですけれども、うちの研究室は最も産業に近い方にいる研究室なんですね。だから思いっ切りそういうところでやってみたいと思いましてね。

さらにグリーンITといいますけれども、環境問題とかエネルギー問題とか、そういうものに関係したITの技術開発は産総研のお手伝いをしてやっていこうとしています。光スキャナーという技術も取り上げます。光スキャナーを用いて光が戻ってくる時間で距離もわかります。距離画像といいますけれども、これで自動車の前の方を見て、それでどのくらいの距離に人がいるとかそういうものがわかるような装置をつくろうとしているんです。人をひいてしまわないようにね。ちょっと参考までに言うと、今、日本で自動車事故で死ぬ人の割合というのは、50年前よりも少ないんですよ。多分中国は、自動車の数が急増していますから、事故で亡くなる方の割合がふえているんですよね。日本は減っているんです。どうしてかというと、それは自動車はエレクトロニクスをいっぱい入れて、軽自動車なんかでもそういうふうに前の方を監視したりする設備がついていたり、あと救急医療体制だとか交通信号だとか、いろんなものが進んだのでそういうふうになってきているわけ。やはり技術というのはそういう意味で役に立っているんですよ。そういう技術をもっと進めるということをやっているわけです。

もう一つは、ロボットなんですね。日本ってロボットってすごく進んでいるんですけれどもね。エンターテーメントか、工場用の作業用ロボット以外は余りないわけ。本当だったら介護ロボットとかいって、年とった人がだんだんふえてきて、何か子供とかに面倒を見てもらうのもちょっと遠慮だから、ロボットがいろいろやってくれるようなものがあると助かるでしょう。ところがやはり危なくて使えないんですよ。というのは、人間だったら体のどこかが触れればわかるでしょう。ロボットって触っても感覚を持っていないからね。だから体じゅうに感覚を持たせたロボットの開発とかをしたいわけ。ぶつかればわかるようにね。昔20年前にそういうものもやっていましたが、それを実際に役に立つようにしようと思っています。

普通だったらお金がかかって、リスクをかけるわけにもいかず、経済性でとてもやっていられない。それを仕組みをつくって何とかやれるようにしてみようというのが目的ですね。ヨーロッパの場合なんかだと、大学と研究所っていつも一緒にあるんですよ。研究所で大学の学生が働いたりしているわけね。だからそのまま産業に役立つ技術になるわけ。日本の場合は、大学と産総研が別にやってる。だから、とにかくこういう技術を世の中に生かすためには、一緒にやって互いに不足な部分を補いながらやればということなんですよね。例えば、中国なんかに行っても、国の研究所に博士課程があってドクターを出せるんですよね。日本はかなり分かれ過ぎている。縦割りというものの一つだと思うんですけれども、分かれているとやはりこれから余り役に立たないことになりますね。

学生達へのメッセージ

機構:非常に広範多岐にわたる開発研究構想の一部をご披露いただきましたが、最後に学生たちへのメッセージや豊富な研究開発経験を通してお感じに なられたことなどお話し下さい。

江刺教授:そうですね。私はよく言うんですが、ニーズにこたえてやるのがいいんじゃないかなと思っているんです。人生成り行きですよとも言っているんです。成り行きというと、こう投げやりみたいですけれども、そうじゃなくて要するにニーズにこたえてやっていって、うまくいけば喜んでもらえたりすると、自分のやりがいにもなるしね。自分で新しいことを勉強することにもなります。それで、自分をどんどん変えていくのがいいと思っているんですよ。
 将来のための研究開発は大学や公的研究機関に求められています。しかし論文の数などで安易に評価を行うと、役に立つかどうか関係なく論文になり易いテーマで研究することになり、これが産業化に結びつかない原因でもあると思います。競争社会の中で共通の物差しが無いまま、論文の数や使った研究費の多さなどを点数主義で評価する傾向があります。本来できるだけお金を使わずに、役立つ優れた成果を上げたことが評価に値し、「研究評価のパラメータは“研究成果÷研究費用”」なはずです。論文の数などは良い研究の結果として増えるものではありますが、この数が目標になり論文のための小振りな研究になっては、創造性などに逆効果をもたらすのではと危惧しております。国際学会の開催数や、新聞に掲載した回数なども問われて減点主義のように感じられることも多いのですが、このような一律の評価基準ではなく、評価される側が評価して欲しい項目を決めるようなことがあっても良いと思っています。

機構:先生、お忙しいところありがとうございました。

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