若手研究者へ

 本誌2号でお知らせしましたように、6月24日(水)に開催されました講演会「若手研究者へのメッセージ」での井上邦雄教授のお話の一部を掲載いたします。お話全体は異分野の研究者にもわかりやすく興味深いニュートリノ研究の話でした。井上先生の広い分野での連携研究は実に示唆に富んだものでしたが本誌では割合せざるを得ませんでした。ご諒承下さい。

井上 邦雄 理学研究科・理学部物理学専攻教授

1992年東京大学宇宙線研究所助手、1998年ニュートリノに質量があることの発見により朝日賞をグループ受賞し、同年、東北大学ニュートリノ科学研究センター助教授に異動、カムランド実験立ち上げに加わる。太陽ニュートリノ問題解決により2004年、第1回小柴賞を共同受賞、同年同センター教授、2006年から同センター長。2008年よりグローバルCOE「物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開」拠点リーダー。2009年には、ニュートリノ振動の精密測定により日本学術振興会賞受賞。東北大学のディスティングイッシュトプロフェッサーの一人。


理系の全分野をカバーして

 新たに研究教育院生になられた皆様、まことにおめでとうございます。
 この国際高等研究教育院が目指されている教育の思想というのは、実はわれわれの「物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開」というグローバルCOEが目指している思想と非常によく似かよっております。そのこともあって、今日呼んでいただいたのだと思いますので、それと関係づけながら、若手研究者へのメッセージというのを少しだけお話ししたいと思います。
 われわれの拠点「物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開」は、数学・物理・地球科学という分野に属しますが、東北大学の理学研究科のすぐれたところは、物理だとか天文だとか数学とか生物、化学、いろいろな専攻があるなかで、すべての専攻がグローバルCOEでカバーされていることです。これは東京大学でもできなかったことで、東北大学だけが自慢できることです。

各階層研究の進展と交流

 われわれはこのグローバルCOEの前に21世紀COEとして「物質階層融合科学の構築」という活動をしてきましたので、これをどう発展させようとしているのかを少し紹介させてもらいます。
 われわれが住んでいる宇宙は、ビッグバンから始まったと考えています。それが現在の宇宙にまで冷えてくる現象を理解するに当たって、いろいろな分野が重要な役割を果たしてきました。
 宇宙誕生初期の頃というのは特に素粒子というようなものが重要だったはずですし、その後、原子核が形成されてからというのは原子核の世界になったわけです。現在に至っては、結晶だとか凝集物質といわれるような物質を対象とする物性研究というものが非常に重要になっています。どんどん物質が集まってきて、今現在の宇宙をそのまま見ると、星だとか銀河というのが見えるわけです。物質階層というような言い方をしたのは、物質を見るときに星のような大きな構造のものから、素粒子のような小さな構造のものまであり、これまでの研究は主にそれぞれの階層毎に進められてきました。すべての研究はすごく進化してきたわけですが、階層間の研究の交流はあまりなく、タコつぼのように研究が進んでしまって、研究の発展性が余り見込めない状況が出てきました。そこで、横の広がり、横の連携というのを強めていって、研究をさらに展開していこうというのが、このグローバルCOEプログラムのもくろみです。それがまさに国際高等研究教育院と一致しているのではないかと思います。COE内では、いろいろな研究を推進していますが、例えばニュートリノ、それ以外にも原子核、天文、物性関係、そういうものを数学でつなぎ合わせることで、研究者間の連携を深める、分野間の連携を高めるということをやってきました。

新しい研究分野の創出

 新たに昨年から動き出しましたグローバルCOEでは、こういう思想をさらに発展させまして、もっと新しい分野を育てよう、今、生まれつつある新しい分野を育てて、さらに、新しい分野もどんどん見つけていくことを主眼に考えています。
 どういう新展開があったのかという実例を簡単に説明させていただきます。例えば、ニュートリノ地球物理の創出というものがあります。ニュートリノ研究というものそれ自身は素粒子の研究ですから、先ほどの階層でいうと一番小さなところの研究をしているわけです。一方、地球物理はというと、天体を扱う、地球の中を研究しようというようなものですから、非常に大きな物質階層を示しているわけです。
 ニュートリノで地球の内部を観測することで、地球物理というものを推進していくというのは、まさに階層間の連携になります。
 2005年だったかな、ニュートリノが地球の中から来るということを実際に実証できたということで、ニュートリノ地球物理というものを新たに創出しました。こういう新たに創出した分野というものが、非常に重要ではないかと考えています。例えば、小柴先生がノーベル賞をもらったのは、ニュートリノ天文学という新たな分野を創出した功績です。われわれもそういうところを目指していきたいと思っています。

革命的な新研究

 実際に、この成果に対してどういうふうな評価をもらったかというと、英語で、皆さんわかってもらえると思いますが、“This is not an evolution but a revolution”と、ごろ合わせで、「ただの改革どころではなくて革命だ」と言ってもらえました。なぜ、そんなことになるかというと、重要な点は、各分野内の先鋭化した深い研究で新しいことをするのは大変ですが、分野間の連携で新たにくられたものなら、だれも研究者がおらず何をやっても新しいというところにあります。何をやっても革命になります。その中にあって、たまたまニュートリノ地球物理というのが非常に大きな要素を持っていました。
 実は、地球の中を調べようと思うと非常に難しいのです。なかなか直接見ることができないわけですから、簡単なはずがない。そういう地球科学の研究にあって、五つの大きな問題があるというふうに地球科学者の人が言っています。どんなものがあるかというと、カリウムとウランの比はどうなっているのかとか、熱流量に対する放射性物質の寄与はどのぐらいなのかとか、要は、地球の中の組成を知っておかないとわからないようなことばかりが大きな問題として残ってしまっています。そのそれぞれほとんどすべての問題に対して、ニュートリノが寄与できます。全く新しい研究手法を生み出してくれたということで革命だと言われたわけです。こういう研究をしたいというのが、例えばわれわれCOEが目指しているところであって、きっと、国際高等研究教育院も目指しているところなのではないかと思います。

サイエンスウエブの構築

 つぎに、われわれはさらに21世紀COEを発展させて、どういうふうに研究展開していこうとしているのかについてお話しておきます。先ほどは、橋を各階層の間にかけてつなげたわけですが、それはまだ一対一の非常に限定された連携にしか過ぎませんでした。素粒子と宇宙というのは、もう既に連携が始まっています。
 極微の世界を研究することで極大の宇宙がわかるというのは有名な話です。宇宙の研究と素粒子の研究がつながっていて小さいところと大きなところとのつながりというものの間にも、いろいろな階層があります。そこにわれわれがカバーする研究を並べていくと、例えば、素粒子、原子核、物性、生物、地学、天文、宇宙というふうに多分なると思います。われわれのグローバルCOEには、地学とか生物を除く広い階層の研究が含まれています。これを、今までははしごのようにつなげていましたが、さらに、クモの巣のようにワーッとつなげていって、より多様に連携を深めていきたいと考えています。もちろん、こういう連携、それをサイエンスウェブとわれわれは呼んでいますが、そのサイエンスウェブを構築すると、いろいろな新たな研究分野が期待されますが、さらに、こういう研究を通じて、例えば先ほど説明しましたように、素粒子の研究とわれわれがカバーしていない地学の研究が結びついたように、波及効果として、さらにいろいろな世界が広がっていくのではないかと思います。

自然科学と哲学の連携

 ということで、クモの巣のように連携させるわけです。その中で、数学というのが重要な意味を持ってきます。目指すところは宇宙物質を統一的に究明したいというところにあります。われわれのプログラムの中には自然観、科学哲学とか社会哲学というのが入っていますけれども、実は、理学研究科の拠点であるのにもかかわらず、文学研究科の哲学講座が参加しています。
 そういうのも連携することで、いろいろな研究、研究だけではなくて教育とか社会に対してのフィードバックというのにも貢献できるのではないかと考えています。
 数学というのをサイエンスウエブの真ん中に位置づけていますが、どういう意味で数学が入っているのかというと、400年ぐらい前に活躍したガリレオ・ガリレイさんが言われた言葉、有名な言葉があります。 “Mathematics is a language with which God has written the universe”、「宇宙は数学で書かれている」と言っています。それはともかく、要は、研究者間の共通の言語、それぞれいろいろな手法だとか方法論という方言を持っていますから、それが互いに連携しようと思ったら共通の言語がないといけない。まさにその共通の言語が数学ということで、数学というのは非常に重要な役割を果たすということになるわけです。
 実際、これまで数学と物理、特に物理、天文というのが連携することで、いろいろな研究の進展があったわけです。何かちょっときれいな言葉でいうと、物理の経験則、実験式などの自然の美しさというのをきっかけに数学の分野が拡大した。物理というのがきっかけになって新しい数学の概念というものが生まれてきます。物理の人というのは、使えればいいという感じで厳格な証明を必要としないので、たまに何かちょっと抜けているところがある。数学の人というのは、それを緻密に証明していってくれる。さらにいろいろな関係性というのを見出してくれるということで、お互いに発展するというのが非常に重要なのではないかと思います。ここには文系の方まで入っているわけですから、文系、理系、いろいろな方が連携することで、どんどん新しい相互発展というものをつくっていってもらえればいいのではないかと思います。
 一つ、特に言っておきたいのは、哲学とまで連携するというのは、多分、他大学にはないのではないかと思っています。哲学というのはもともと皆さん知っていると思いますが、われわれがドクターをとると、昔はPh.D.をとったと言われていました。Ph.D.の「Ph」っていうのは「philosophy」のことです。

教育と社会貢献

 そもそも、科学というのは哲学が分化して生まれてきたようなものですから、当然、何かしら関係はあるわけです。でも、その中にあってわれわれが特に注目しているのは、「双方向の教育」です。理系の先生が文系の学生に、「リテラシー」という言葉をよく使いますけれども、科学リテラシーというのを教える。文系の先生は、理系の学生に何を教えるかというと、世界観です。
 宇宙を理解しようと思ったときに、ただ数学的に証明すればいいというものではなくて、どうなればゴールなのだろうか、どこまで説明すれば理解できたことになるのだろうかというのは、多分に哲学的な思考が必要になってきます。そういうところを教えてもらえるのではないかと期待しています。
 もう一つが、アウトリーチです。われわれが一生懸命研究しても、それが社会に還元されなければ全く意味をなさない。意味をなさないというのは極端な言い方ですが、貴重な税金を使って研究している人間というのは、やはり社会に還元しないといけない。アウトリーチというのは、理系の人間というのは大体下手くそです。そういうところに、文系の素養を持った人が、例えば科学ライターみたいな人が成長してくれると、われわれの研究をうまく社会に発信してくれるのではないかと思います。われわれの研究を、何か産業に生かそうとしたときに、いろいろ問題になることがあります。悪い例というとちょっと語弊がありますけれども、例えば、原子核関係の研究というのを、そのまま意味もわからずに使ってしまうと、核兵器ができてしまうかもしれないわけです。そういうところは、しっかり倫理観というのを持って、うまく活用していかないといけない。そういうところは哲学講座がやっているもののようなので、そういうところとの連携はうまくいくのではないかと思います。特に、われわれが意識しているのは、文理の乖離や数学能力の低下というのを改善するためにも、こういう社会へのアウトリーチが重要なのではないかと思っています。

科学と哲学の究極の目的

 では、研究には余り関係ないというふうに思われたかもしれませんが、研究についてさえ、哲学と科学の連携というのは意義を持っているのではないかと思います。特に、私のような素粒子を研究している人間というのは、例えば、宇宙にわれわれが存在するのはなぜかというのを研究しています。もうここに英語で答えが書いてありますが、われわれの研究というのは“How”なんですね。どういう意味かというと、宇宙は最初ビッグバンでできました。ビッグバンでは粒子と反粒子が同数できるはずです。何もないところから生まれましたからね。すると、そのまま時間がたつと、すべてが消えて、また無に帰るはずなのです。ところが帰らなかった。物質だけがたくさんできたから、われわれが生き残った。なぜだろう。この「なぜ」というのを日本語で説明すると何が起こるかというと、哲学の人はこういうふうに考えますね。「なぜわれわれは宇宙に存在するのか」。同じように言いましたけれども、日本語だと同じです。でも英語だと、“How”が“Why”に変わっていますね。どういう意味か。われわれの生きる目的は何なのだろうかと考えるわけです。ここまで考えるようになれば、われわれは研究の上でも連携できるのではないかと考えます。こういうことが多分に起きてくると期待します。
 実際、シンポジウムを開催したときも、非常に名高い研究者、物理の研究者が、実は皆さん、非常に哲学的な素養をお持ちで、「私、昔は哲学を勉強していたんです」とか、哲学の先生の話になったら食い入るようにして皆さん聞くんですね。だから、そういう、自分の分野にこもらずに、いろいろな、新しい話というのをどんどん興味を持って、自分でも身につけていきたいというような気持ちを、常に持っていただければいいのではないかと思います。
 ということで、哲学と科学というのは、究極の目的は、多分似たようなところにあるのだろうなというふうに考えています。

新しい科学フロンティアを

 ということで、グローバルCOEの目的、多分、国際高等研究教育院の目的がどこにあるのかというと、何かに参加せよと。最先端の研究に参加して、新しい科学フロンティアというのを開拓していく、そういう挑戦をするというのが重要だというところにあるのではないかと思います。それがまさに教育の一番重要な手法なのではないかと考えます。どういう教育につながるかというと、非常に広い視野を持った人を育成する。あるいは広い分野で活発に活躍できる人。この広い分野というのはいろいろな意味があって、国際的だとか、あるいは分野をまたぐとか、いろいろな意味があると思います。それは国際高等研究教育院でも同じだと思うので、皆さんにも、こういうところというのを意識してもらえればいいと思います。国際高等研究教育院の目的というのは、こういう分野間の連携というのを無理やりつくろうと。
 そのためにここに一堂に会してもらったわけだと思います。一堂に会することが重要なのではないかと思います。皆さんが集うことで、学際的な新しい最先端分野というのが切り開かれるのだと思います。
 ということで、これから3年とか5年とかいろいろあると思いますけれども、皆さん勉強、研究されていく中で、ぜひとも新しい科学のフロンティアというもののseed、種をつくってください。私が期待しているのは、将来、科学の分野に皆さんが革命を起こしてくれることです。われわれ自身が、先ほども言いましたように、ニュートリノ地球物理というので、ある先生によれば革命だと言ってもらえたわけですから、そういうものを皆さんも目指してほしいというふうに思っています。
 ぜひ、今日私が話したような中にも、分野外の人でも、何か連携できるようなものを探していただいて、新しい科学フロンティアというのを見出してもらえれば、皆さんが研究教育院生になったかいがあったというものではないかと思います。ぜひ、これから切磋琢磨して頑張ってください。ということでメッセージにかえさせてもらいます。(拍手)

大学院教育の現状と高度化への課題

本企画は7月29日の研究会で5回目を迎えました。各回ごとに報告書を作成しております。ご関心がある方には多少の残部がございますのでご請求いただければお送りいたします。(報告者の肩書は報告当時のものです。)

○第1回報告書(平成18年10月25日開催)
「大学院教育の現状と高度化への課題─21世紀大学院像をめぐって─」
野家啓一副学長、山本嘉則副学長、植木俊哉法学研究科長、佐藤正明工学副研究科長、三浦和幸文科省高等教育局大学振興課課長補佐
○第2回報告書(平成19年7月17日開催)
「大学院教育の現状と高度化への課題─魅力ある大学院づくり─」
早川信夫NHK解説主幹、原純輔文学研究科長、細川徹教育学研究科長、小薗英雄理学研究科教務委員長、工藤昭彦農学研究科長、橋本治副学長、新井克弘副学長
○第3回報告書(平成20年6月25日開催)
「大学院教育の現状と高度化への課題─魅力ある大学院づくり─」
佃良彦経済学研究科長、渡部信一教育情報学教育部研究部長、谷口尚司環境科長、飯島敏夫生命科学研究科長、西関隆夫情報科学研究科長、石幡直樹国際文化研究科長
○第4回報告書(平成21年1月30日開催)
「大学院教育の現状と高度化への課題─魅力ある大学院づくり─」
山本雅之医学系研究科長、笹野高嗣歯学研究科長、永沼章薬学研究科長、佐藤正明医工学研究科長
○第5回報告書(平成21年7月29日開催、10月10日発行予定)
「大学院教育の現状と高度化への課題
       ─研究所は大学院教育にいかに関わってきたか─」
中嶋一雄金属材料研究所長、福田寛加齢医学研究所長、早瀬敏幸流体科学研究所長、矢野雅文電気通信研究所長、齋藤文良多元物質科学研究所長、佐藤源之東北アジア研究センター長

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